『コラムニスト』気取りで何が悪い|あなたの宣伝部長!集客コンサルタント&セールスコピーライター|アニータ江口のブログ

【旧ブログ・はてな補完用】セールスコピーライター・アニータ江口@あなたの宣伝部長のブログ

2016年から書いている当ブログは、現在「公式サイト兼ブログ」《anita-egc.com》の補完用として機能しています。まずは1番上の記事、【初めての方へ】をご覧ください。

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どうも、アニータ江口です。

2018年5月1日、公式サイト兼ブログをしれっとオープンしてきました。

anita-egc.com

 

はてなプロにするかワードプレスにするか迷いましたが結局ワードプレスに。

今更感がすごいですが、なんとか自力で作りました。。。元ホームページ制作会社の人ですし・・・突貫工事中なので穴はまだありますが、徐々に移行していきます。


現状、はてなブログに書いてあった記事をいくつか編集し直して掲載しています。(上記サイトの方が読みやすいかと。)

今後、基本的には新記事は公式サイト兼ブログに書いていきます。



なお、こちらの「はてなブログ」は残しておく予定です。

というのは、やはりSEO的に、はてな自体も当ブログも強いですし、

「私が万が一突然消えてしまったら、ワードプレスのサーバー代とドメイン代は未払いになり、結果、サイト兼ブログも一緒に消えてしまうんだ・・・」

と思ったら、悲しくなりまして、はてなブログは保険のように使おうと思います。

  • 整った記事 → 公式サイト兼ブログ(母艦)
  • 保存のための記事 → 当はてなブログ(メモ)


というような使い方にする予定です。


SEO的にコピペサイトと思われそうなのが心配ですが、とりあえずはこれで。

今後ともよろしくお願いいたします。



下記は、メニューとフォロー一覧です。



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代ゼミの「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」という広告コピーに含まれた意味は深い(はてな版)

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※このはてなブログの記事は、私が書いた上記の「公式サイト兼ブログ」の記事とほぼ同じです。

ただし、上記の方は体裁を整えているために、読みやすくなっておりますので、ノンストレスで読まれたい方は上記をご覧ください。


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言葉は人を焚きつけ、突き動かす力がある

コラム内で登場した、代ゼミの広告コピーが印象的だった

日経BP社が運営するサイト、CAMPANELLAというサイトで、『「港区おじさん」は“純愛”を貫くために妻をマネジメントする 〜映画「シェイプ・オブ・ウォーター」的なダークファンタジーが見せた、愛の在り方、夫婦の在り方〜』というコラムを読んだ。 →http://business.nikkeibp.co.jp/atclcmp/15/051800015/040500018/?P=1 内容といえば、タイトルから連想できるような話で、恋愛や夫婦のあり方などが書かれた読み応えがある話だったのだが、私が特に引き込まれた部分はこのコラムの主旨ではない。 コラム内を一部引用するが・・・

“高校時代の私はただの音楽オタクで、雑誌「ロッキング・オン」や「snoozer」を熟読し、ライブやクラブに繰り出しレビューを雑誌に寄稿するのがライフワークで勉強も恋もしてなかった。しかし、ある駅貼りポスターで心を打たれた。代ゼミの広告コピー「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい自分が持てなかったものやコンプレックスを、相手に解決させるような恋愛と結婚はしたくなくて、特に才能も取り柄もないことも自覚していた私は突然猛烈に勉強し始めた。自分が持たぬものを持っていることを羨むと、それが対象物の最前に鎮座してしまい、視界が曇るのがこわいなと感じたから。大学に行く動機が極めて不純だし、結局、東大には入れなかったけれど。”

(コラム内一部引用) 上記のエピソードに惹かれたのだ。私がコピーライターであり、恋愛話にさほど興味がないせいかもしれないが、特にこの著者の方をここまで変えた、代ゼミの広告コピー「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」に、心惹かれたのである

代ゼミの広告コピー「学歴なんて関係ない、って東大出てから行ってみたい」に秘められた凄さ

この「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」という代ゼミの広告コピー。短い中に、様々な思いが凝縮されている。 本当によく考えられている良いキャッチコピーであり、現にこの著者の方の人生を大きく変えているのだから、それほどの威力があるというのは証明されている。

「学歴なんて関係ない」と言って、勉強から逃げている人には刃物のように突き刺さる広告コピー

確かに学歴でどうこうということでもない。学閥がある大企業の社員や病院の医師、政治家、国家公務員、学芸員、教授などにでもならない限り、さほど関係はないだろう。大学名というよりはどちらかというと何を研究していたかのほうが重要だ。 「自分は将来こうなりたいから〇〇専門学校に行く」とか「〇〇大学△△学部に入って学びたいものがある」という明確な目的や目標があれば、東大だとか学歴だとかなんとも思わないだろうし、人に何を言われてもブレはしないだろう。 だが、「学歴なんて関係ない」と言うことで斜に構え、受験から逃げている人には、「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」という代ゼミの広告コピーは痛く突き刺さる。東大出てから言っている人と、受験から逃げている自分では大違いだからだ。 いろいろ調べて勉強して体験した上で自分で選び「学歴なんて関係ない」というのは、東大などの高学歴でなくても物凄くその言葉に重みがあるし、納得できる。 また、たとえ希望の進路にならなかったとしても、その進路のために精一杯努力した経験があり、自分でも「やりきった」と思えるのであれば話は別だ。 ただし、何も調べず、勉強もせず、体験もせず、特に「こうなりたい」という目的も目標もなく、「とりあえず大学に行ったほうがいいのかな」と周りに流され、興味もないがとりあえず入れそうな大学に行って「学歴なんて関係ない」というのでは大違いなのだ。

「学歴なんて関係ない」って東大出てから言えた時の喜び

では、この「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」を見て、憧れる人の心情を考えて見ると、下記をあげられる。

  • 東大に出ているからこそ出せる、自信と余裕を得られる
  • こんなことを言えるという、心の余裕みたいなものをアピールできる
  • 「東大出るほどの人なのに、“学歴は関係ない”と言い切れるなんて素敵!」と羨望の目で見てもらえる上に、モテる可能性がある
  • 「学歴なんて関係ない」と言った時に、学歴至上主義者に「じゃあアンタはどこ大学出身なの?」と聞かれる可能性があるが、その際に「え?ああ、東大だけど…」みたいに答えられるので相手を黙らせることができ、優越感に浸れる
  • 誰もが認める東大出身だからこそ、「学歴なんて関係ない」と言う資格があって効果があるのだという自負

ここの広告コピーでは東大ではあるが、少なくとも高学歴でありたいとは思わせる。 改めて言うが、自分は将来こうなりたいから〇〇専門学校に行く」とか「〇〇大学△△学部に入って学びたいものがある」という明確な目的や目標があれば、東大だとか学歴だとかなんとも思わないだろうし、人に何を言われてもブレはしないだろう。 ただし、まだ明確なものも決まっておらず、なんとなく「大学行こうかな・・・」「キャンパスライフ憧れるな・・・」「何になりたいとはまだ決まっていないけど大学デビューしたいわ」と言う気持ちはありつつも、「勉強だるいわ・・・」「ぶっちゃけどこ大でもよくない?」みたいに思っている人に響く。

東大に入れず「学歴なんて関係ない」って言えなかった時の苦痛

では一方で、「学歴なんて関係ない」って東大出てから言えなかった時のデメリットや、苦痛、恐怖考えて見ると・・・

  • 「学歴なんて関係ない」と言っても、妬みや負け犬の遠吠え扱いされるという恐怖
  • 今までも「学歴なんて関係ない」と言って勉強せず、勉強を頑張る人を心の中でバカにしていたが、勉強を頑張ってきた東大生に「学歴なんて関係ない」と言われてしまっては恥ずかしいという思い
  • 「学歴なんて関係ないよ」と高学歴の人に慰められる屈辱感
  • 「学歴なんて関係ない」と言うと、相手に「そっか!何か夢があってその進路を選んだんだね!すごいね!」と良いように捉えられる可能性があり、夢も目標も目的もない場合はいたたまれなくなるという不安
  • 「学歴なんて関係ない」と言うと、何か深い理由があるのだろうと勘ぐられ「ちなみに何でその道に?」と聞かれる可能性があり、夢も目標も目的もない場合は何も答えられなくなるという不安

おそらく、このような恐怖があると思う。これもまた、明確な目標や目的がある人は、恐怖や苦痛、不安を感じないだろう。そもそも、明確な目標や目的以外のことが考えないし、選択肢にないから比較しなのだ。 ここでは東大にしているが、少なくとも「ここに入ってこれをしたかったんだ」という明確な理由を言える大学か、それなりに偏差値の高い大学、何かで有名な大学に入らないと、「学歴なんて関係ない」と言った後に「じゃあなんでそこの大学に行ったの?」という質問に答えられなくなると言う恐怖がある。

「なんとなく欲しいかも」という層に響く広告

代ゼミの駅貼り広告&テレビCMだから効果がある

この「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」という広告は代ゼミの広告だが、これを見ても「今すぐ代ゼミに申し込むぞ!」とは思わないだろう。 このキャッチコピーが響いたとしても、「あれ?あの広告って、河合塾だっけ?駿台だっけ?」と思う可能性さえもある。 代ゼミだというアピールもなければ、代ゼミに申し込めというアピールもない。どこの会社の広告なのかさえわからないのだから、この広告を作ったらすぐに売上が上がるとも思えない。 この「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」というキャッチコピーの種類は、セールスコピーではなく、イメージコピーだ。 直接的に訴えかける「先着10名様!今すぐお申し込みを」というようなセールスコピーではなく、「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」というような間接的であり、なんとなく「良いイメージだな」と思わせるようなイメージコピーだ。 直近の売上や集客アップというよりも、長期的な目線で(ブランド)イメージアップを狙っているのだ。イメージコピーを打ち出すのは、超有名な大企業ばかりだ。代ゼミに関してもそうだろう。 単純に中小企業は「いつかうちの顧客になってくれるといいな」という長期的な目線でいたり、「イメージを良くしたいな」という気持ちやお金の余裕はないだろう。 それよりも「今すぐ売上をあげたい」「集客したい」という思いの方が強いはずで、よほど高級ブランド戦略を推し進めている企業でない限りは、中小企業の場合はイメージコピーには走らないだし、走ったら大失敗する。 超有名な大企業のキャッチコピーに憧れて、「うちも『そうだ、京都行こう。』みたいな広告にしたいんだよねー」とか言い始めたら、その会社は危ない。あれでは何も売れないだろうし、イメージアップやブランディング以前に、知名度がなければ意味がないのだ。 ※「セールスコピー」と「イメージコピー」の違いを知りたい方は下記へ。 https://anita-egc.com/2018/05/09/necessity-of-sales-copy/

代ゼミに来い」という直接的なセールス広告にしない理由

代ゼミの広告のターゲットは、高校生もしくは浪人生だ。まだこの段階では、大学進学か専門学校進学か就職か、何を考えている人かは絞られていない。 代ゼミとしては、最終的には「代ゼミに申し込んで学んで欲しい」とは考えているが、急いではいない。潜在的に欲求として「なんとなく進学したい」と考えている人を狙っているからだ。 そのため、直接訴えかけて今すぐ自社(代ゼミ)に申し込ませるような、「【全額返金保証】6月までのお申し込みで先着10名様まで入会金無料」というようなセールスコピーを使ったセールス広告にしていない。 このような直接的に訴えかけるセールス広告が響くのは、「こういうものが欲しい」と欲求が顕在化している層だ。響くの層は少なくとも大学受験を考えており、代ゼミになかったとしても、予備校か塾か教材を申し込もうかと考えている人である。

大多数に向けた広告で、大多数に「大学行こうかな」と検討させる

また、この広告を調べたところ、駅貼り広告以外に、テレビCMもやっていたという。(作者は不明だった。)確かに、「今なら無料!」のように直接的に訴えかけが響く層もいるだろう。 だが、駅貼り広告やテレビCMを見る人のうち、「絶対に〇〇大学にいきたい」とか「予備校に通おう」とか「代ゼミ駿台、どっちがいいかな?」という健在的な欲求が強い人の割合よりも、「なんとなく大学に行こうかな」「勉強だるいな・・・でも将来のためには大学行っておいたほうがいいかな」という人の割合のが多いと思う。 ピンポイントにターゲットを狙って「今すぐ代ゼミに申し込みたい」と思わせるよりは、高校生や予備校生に広く響き、「なんとなく大学進学を考える母数を増やすほうが長期的に考えると良い。 そもそも、東大だとか云々以前に、「大学に行こう」と思わなければ、そもそも予備校なんて絶対に考えないし、ましてや代ゼミのことなんて考えない。 だからまずは、代ゼミへの入塾をいずれ検討する予備軍を増やしているのだ。

ピンポイントの学生を狙う場合は、全国展開のCMは不要

もし、受験を意識し始め「塾とか通ったほうがいいのかな?」という話題がで始めた高校3年生の成り立ての学生を狙い撃ちにするというならば、ピンポイントに直接的に響くコピーは響く。響けば申し込む確度も高まるので、狭めれば狭めるほうが良い。 だが、そういうピンポイントのターゲットために、テレビCMや駅貼り広告に高額の宣伝広告費を投入するのはコストパフォーマンスとしてよろしくないだろう。 他社を考えても、地上波CMでピンポイントで狙い撃ちしているのは滅多にないだろう。実際にあっても安いCM枠であるCSや深夜帯で、地方テレビの合間だ。 これは安いというだけではなく、そのCMを見ている層を細かく設定できるというメリットもある。(地方テレビの昼間のCMならば〇〇県に住んでいる主婦の方など) もし、ピンポイントで狙い撃ちしたいのであれば、わざわざ高いテレビCMや駅貼り広告を出して苦戦しなくても、ターゲットをもっと細かく設定できて決めうちできるチラシやネット広告の方が効果的だろう。 代ゼミに関してもチラシや「今なら無料」のようなダイレクトなポスターも作っているだろう。だが、それをわざわざ1番お金がかかる位置での駅貼り広告や、テレビCMにはしないはず。そのピンポイントのターゲットに届かなければ、その広告は意味がないのだ。

まずは「大学に進学しようかな」と考える未来のお客様を増やす

もしかすると、「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」という広告に突き動かされるのは高校生や予備校生だけではないかもしれない。 小学生や中学生もこの「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」という代ゼミの広告コピーを見て、「私も言ってみたい」と思い、なんとなく大学進学しようと決める可能性だってある。 テレビCMや駅貼り広告に高額の宣伝広告費を投入するからには、今すぐ客ではなく、いずれお客様になるかもしれない潜在顧客を育てている可能性さえもある。 たとえ代ゼミの広告だと覚えていなくても、まずは「大学に行こう」と思わせることでやっと土俵に立てるのだ。 このキャッチコピーは、「代ゼミに今すぐ申し込むとお得だよ」というような直接的なセールスコピーではなく、「大学進学って良いもんだよ」というような間接的なイメージコピーにすることで、大学進学を考える母数を増やしているのである。

人を動かすには、当事者意識を持つことが重要

マーケティングで失敗したら、広告で得られる結果は変わる

たった一行のコピー、「学歴なんて関係ない、って東大出てから言ってみたい」ではあるが、作られるまでにはかなり練られているはずだ。 私が「おそらくこういう意図なのでは?」と予想して書いただけでも、ここまでで5000字ほどだ。やっておることは、データ収集、ターゲティング、流行や世論調査、CMや駅貼り広告を見ている層の調査など、多岐にわたっているはずである。

  • この広告でどんな結果を得たいのか(目的)
  • どこの誰に届けたいのか(ターゲット)
  • いつ頃その結果を得たいのか(時期)
  • どんな方法が一番効果的なのか(方法・媒体)

これらは全て、マーケティングである。キャッチコピーを「ぽっとでたアイディア」みたいに考える人がいるが、それは大きな間違いだ。マーケティングをした上で、やっと生み出される。たとえぽっとでたようなものに見えても、その人の脳内ではマーケティングが行われている。 もし、「いつ・どこ・誰・何」を間違ってしまったら、できあがりも結果も変わってくる。いくら美しい広告で、かっこいいキャッチコピーでも望んだ結果がでなければ意味がない。 「今年の夏、10代女性に買ってもらいたい」と思っていたのに、冬になってから50代男性に話題になり、売れればまだいいものの、クレームの嵐になったら最悪だ。 マーケティングは、売上や集客アップのためのコピー「セールスコピー」であっても、イメージアップやブランディングのための「イメージコピー」であっても必要だ。 広告だけではない、「いつ・誰かに・何かをしてほしい」という「人を動かしたい」という思いがあるならば、ホームページもSNSもブログも営業トークも日々のコミュニケーションでさえも、「いつ・どこ・誰・何」を考えてから動かないと、望んだ結果は得られない。 まずは、ターゲットとする当事者意識に立ち、「私がこの人だったらこんなものが欲しくなる」「私がこの人だったら、こんなことが嬉しいし、こんなことが辛い」などと想像することが重要だ。

たった1行のキャッチコピーでも、人の人生を大きく変える

私は主にセールスコピーを書くコピーライターだが、イメージコピーを嫌っているからではなく、「売上をあげてほしい」「今すぐ集客してほしい」というご要望の方に依頼されることが多いからである。このご要望に応えるためには、必然的に「セールスコピー」になるのだ。 今もそういうものを書く機会は多いし、これからもやっていくつもりだ。単純に営業経験もあるために、「紙(web)の営業マン」とも呼ばれるセールスコピーに慣れていると点もある。 ただもし、超有名企業のイメージアップやブランディング広告、特にCMや一等地の駅貼り広告を作ることになれば、イメージコピーを書かなければおかしいだろう。今後そういう機会があれば、ぜひ書いてみたいし、 それに、「この商品を今すぐ売りたい」という広告ではなく、「お店のイメージを良くするキャッチフレーズをつけてほしい」というご要望であればそれはそれで喜んでお引きしている。 売上や集客目的の広告ではなければ、セールスコピーでなければならない必要もないし、超有名大企業でなければならない理由もない。この場合は、セールスコピーとイメージコピーの良い部分を組み合わせた「キャッチフレーズ」をつけさせていただいている。 たった1行のキャッチコピーであっても、人の人生を大きく変えることがある。これは良い意味でも悪い意味でも言えている。 私も一コピーライターとして、そして1人の人間として、人の心を突き動かすような言葉を紡いでいきたい。 https://anita-egc.com/2018/05/09/necessity-of-sales-copy/

定年後、友達0人「終わった人」の孤独はそんなに問題なのか?(はてな版)

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※このはてなブログの記事は、私が書いた上記の「公式サイト兼ブログ」の記事とほぼ同じです。


ただし、上記の方は体裁を整えているために、読みやすくなっておりますので、ノンストレスで読まれたい方は上記をご覧ください。


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高齢者の4人に1人に友達がいない

友達ゼロ人!「妻依存オジサン」の厳しい余生 人は年を取るほど友人を作りにくくなる という記事を東洋経済オンラインで読んだ。

友達ゼロ人!「妻依存オジサン」の厳しい余生
https://toyokeizai.net/articles/-/224301

どうやら、日本の高齢者の4人に1人は友達がいないらしい。家族以外の繋がりがないと健康に影響が出たり、幸福度が下がるとか言われている。

また、孤独を理由に、アルコールやタバコの依存症になりやすいというデータも記載されていたが、これらは世界共通の傾向とのことなのだ。

特にこの傾向は、日本の中高年男性に顕著で、妻以外に話す機会がない妻依存が進んでいるらしい。日本においては、長年、家は妻が守る一方、男性は会社で働くものとされてきた風習が根強い。

そのため男性の場合、いざ会社を辞めてしまうと繋がりもなくなり、居場所もないのだろう。また、今までは朝から晩まで会社で働きづめであり、土日も会社の付き合いや接待に明け暮れていたのだとしたら、会社を辞めた場合に繋がりは無くなってしまう。

いざ、旧友に連絡を取ろうとしても、疎遠になっていて今更感が出てしまうのかもしれない。また、プライドが邪魔したり、相手の事情を考えて連絡しづらい可能性もある。

とはいえ、新しい繋がりを見つけるのも億劫になってしまい、特にこれといった趣味もなければどのままふさぎこんでしまい、孤独を増長させてしまうのだろう。

定年退職後に突然ボケ始める男性がいるとも聞くが、きっとそういう人なのだろう。仕事や会社に全てをかけて生きてきたから、いざ退職してしまうとどうして良いのかわからないのだろう。

会社員時代、自分の意思を殺してしまった人は悩む

特に、会社員時代、言われたことを真面目にそつなくこなしてきた人の場合、自分の意思というものがあまりない。あったはずなのだが、自分の気持ちや意思というものを殺してしまった可能性もある。

自分の意思を伝えたところで上司に一蹴されるような日々を40年近く味わってきたのであれば無理もない。ただただ従う方が行きやすい。諦めるしかなかったのだろう。

そして晴れて定年退職となり、自由になれたはずなのだが、いざ「あれしろ、これしろ」と指事してくる人がいなくなると、何して良いのか悩んでしまう。

「あれ?俺って何がしたかったんだっけ・・・どんなことが好きだったんだっけ・・・」というようになってしまうのだ。

自分=会社に結びつけてきた人にとっては、アイデンティティを奪われたようなものなのだから、「これからどうして良いのか」と焦ってしまうことだろう。

会社命の役職おじさんは「老害」になりやすい

ましてや、会社に全てを捧げて趣味もなく、家庭を顧みず、会社では程度の地位について社内で認められていた人は、なかなか現実を受け入れ難いと思われる。会社や肩書きがない今、ただのおじさんに成り果てるのだ。

そういう人は、迷走かつ暴走してしまうといわゆる「老害」になりやすい。家庭を顧みなかったのだから、家族にも見向きもされない。会社の後ろ盾もないし、肩書きもない。自分を認めてくれる存在がいないと、不安で仕方がない。

あらゆる人に難癖をつけてかみついたり、自分の権力を誇示して認めてほしいといきりはじめてしまう。今までは「偉い人」とされて崇め奉られていた人でも、ただのおじさんになるというその現実を受け入れられないのだ。

「俺のいうことが聞けんのか!」と怒りまくり、悪質クレーマになることさえある。いやいや、あなた誰ですかと。

定年退職し、暇を持て余す「終わった人

最近、舘ひろしさん主演で「終わった人」という映画が話題になっているが、これもまた定年後の男性の話である。原作は内館牧子さんの本で、これもまた「終わった人」というタイトルだ。

仕事一筋だった男性が定年退職し、「やることがない・・・」と翌日から時間を持て余し、妻に愚痴をこぼすが煙たがられ、カルチャースクールをのぞくも老人だらけ、再就職を試みるが高学歴・高経歴であるがゆえに断られ、娘にも呆れられて「恋でもしたら?」と言われる始末。

そんな中で趣味を探したりジムに通ってみたり恋してみたりと模索しながら、定年退職した男性がいろいろな騒動に巻き込まれながら成長(?)する話である。


終わった人 (講談社文庫)

この本が売れ、映画化する背景を考えても、「自分もいずれこうなるかもしれない」という不安がある定年間際の男性や、依存されている妻に「そうそう、うちもなのよ」というような共感を受けて売れているのかもしれない。

しかし、孤独というのはそんなに悪いものだろうか。確かに友達はいた方が良いし、繋がりはあった方が楽しいだろう。

データとして、「友達も繋がりもない高齢者は健康に悪影響があり、幸福度も下がりやすい」という傾向が出ているが、皆がそうではない。

私の考えではあるが、きっと定年退職後に「やることがない・・・」と迷走してしまう人は「1人を楽しむスキル」がないせいだと思うのだ。

私の父は、友達もいなければ繋がりもない

私の父親にも友達がいない。同僚や仕事の付き合いはあっても友達はいないし、付き合いたいとは思わないらしい。仕事が終わるとどこにも寄らず、速攻で帰ってくる。

母に聞いてみれば、昔からそうだったと。同窓会もいつも面倒臭いと言って欠席だ。親戚付き合いも苦手である。参加するイベントといえば、自分の生徒から呼ばれた結婚式くらいである。

ただし、父はいつも楽しそうだ。寂しそうにしているのを見たことがない。数学者なのでずっと1人で部屋にこもり、計算し続けたりしている。高校教師を定年で辞め、大学講師一本にしてからこの傾向は顕著だ。

元々1人でいることが好きで、1人で完結する趣味を持っている人は、友達がいなくても何てことないのだろう。父の場合は仕事でさえもほぼ1人で完結してしまうので、ことさらこの傾向が出る。

少しくらい誰かに連絡してみては?とも思うのだが、年賀状でやりとりしているくらいである。もうこれも何十年もそうだ。

「携帯電話は絶対に持たない。」と言っていた父だが、車が壊れて立ち往生したことがきっかけで、ディーラーに電話するためだけに数年前に携帯電話を買った。

しかしそれはガラケーだ。電話帳には、家と母と私と車屋さんの電話番号しか入れていない。仕事関係の人には「持っていない」と言い張っている。

そんな父なのだからLINEやFacebookTwitterなんてやるわけがない。携帯ではメールさえもできないし、する気もない。もちろん、新しい繋がりを作る気はないだろう。60過ぎまでこうやって生きてきたのだから今更変えるつもりもないと思える。

1人で完結する趣味がある人は、孤独を武器にできる

ある意味、人と関わらずにできる好きなことや趣味がある人は、最強なんだと父を見て思う。たまに揶揄されているが、あそこまで行くと我が父ながらあっぱれとも感じる。

結局、自己完結する趣味がある人は、「やることがない・・・」と暇を持て余すことはない。きっと毎日やりたいことがあるのだからボケにくいだろうし、寂しさも感じないはずだ。

人と約束して何かする趣味でもないので、淡々と自分のペースで進められる。むしろ父は定年後の方がストレスからは解放され、生き生きとしている。

なお、私の母親の場合、友達はそれなりに多いし、付き合いも良い方だ。だが、1人でいるのも好きで、1人で完結する趣味を楽しんでいる。

母は習字を趣味にし続け、いつの間にか師範代になっていた。人に気を使わず、自分の世界で黙々と進められるので自分に合っているのだろう。これも孤独を武器にできている例だ。

父も母も、特にさみしいと思うことはないとか。私も比較的その傾向が強い。一緒にいても、比較的それぞれが勝手に違うことをしていることが多いし、どこかに食べに言っても、それぞれが好きなものを頼み食べることが多い。

我々のような家族だからこそお互い依存し合わず、バランス良く成り立っているのかもしれない。1人で完結する趣味があれば、定年後の余生に怯えることもなく、生き生きと楽しむことができるのだ。

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「出版業界」を目指した私が半導体メーカーを経て「web広告業界」に行き着いたワケ(はてな版)

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※このはてなブログの記事は、私が書いた上記の「公式サイト兼ブログ」の記事とほぼ同じです。

ただし、上記の方は体裁を整えているために、読みやすくなっておりますので、ノンストレスで読まれたい方は上記をご覧ください。


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この記事は、以下のこのあたり、

  • コピーライターにどうやってなったか
  • webディレクターにどうやってなったか
  • 出版業界への就活事情
  • 双葉社の就活事情
  • ホームページ制作会社への就活事情
  • 他業界からのweb業界・広告業界への潜り方
  • アニータ江口の詳しい職歴

などを知りたい人には、ほんの少しは役にたつかもしれない。 ただし、長い上に自分語りの回顧録のようだ。なので、忙しい人は興味があるところのみ、目次から選んで読むことをオススメする。

出版業界を志望していた就活生時代

2009年、双葉社に最終面接で祈られた

2009年5月、私は双葉社の最終面接に落ちた。2010年度の新卒採用組には選ばれず、お祈りされたわけである。 二次面接では「エンジェル出版」について質問し、笑いをかっさらったほどリラックスしていたのだが、最終面接ではド緊張。顔は真っ赤になり、頭は真っ白。面接してくださった役員の方に「水を飲みますか?」と心配されたほどである。 2010年、双葉社に入社したのは確か3名。2名とは面接後にベローチェで話している。2ちゃんねるの就職板の出版スレにいた人達だ。懐かしい。 約束したのはスレ上の書き込みであり、もちろん連絡先なんて書いていない。ただ「双葉社の最終面接後に飯田橋ベローチェで会おう」と約束しただけだ。 だから、会えたらラッキーくらいにしか思っておらず、半分信じて半分疑っていた。にもかかわらず、本当に会えたし、実際会ったのだから面白い。 約束通り、最終面接後にべローチェで会ったのだが、別れ際に「もし受かったら『ベローチェ』とだけ書き込もう。自分たちだけがわかるように。」と約束した。 そして後日、「ベローチェ」という書き込みを2件見た。そう、2人は受かり、私は落ちたのである。

敏腕編集者・箕輪さんが2010年入社だった

先程、今話題の編集者・箕輪厚介さんの記事を見つけ、なんとなく流れでプロフィールを見た。すると、目に飛び込んで来たのは「2010年双葉社入社」。これには驚いた。 会った男性も確か早稲田で就浪した人だったのでその人かもしれないとも思ったが、おそらく、私が会ってない最後の1人だろう。 顔はあまり覚えていないし、お互い名乗らなかったのでわからないが、箕輪さんではなかったような気がする。あくまで箕輪さんのプロフィールや逸話を読んで学生時代を想像した印象なので言い切れはしないが。 あの2ちゃんねる経由で会った2人は、大手新聞社に前年受かったのに蹴って「出版社に入りたい」とのことで就職浪人した男性と、競艇が好き過ぎて『モンキーターン』にはまったので双葉社に入りたいと言っていた女性だった。 面接後にそれらを聞いた時、すでにこの人達は双葉社に受かるだろう」と確信したし、熱意の違いから「この人達は受かるべきだ」とも感じた。はなから違うのだ。

入社組の格の違いから自分の落選に納得

前年に大手新聞社を蹴った男性は、次の年に受かるかもわからないのに、そんなリスクを冒してまで「出版社に入りたい」という熱意があった。不安だとも言っていた。 きっと周りにも「もったいない」とか言われただろう。出版不況だとわかっていても出版社に入りたいと言っていた。 そして、競艇が大好きでモンキーターンにはまったという女性は、他の出版社に行きたいのではなく「『モンキーターン』の出版社である双葉社に入りたい」とのことだった。双葉社だってそういう人の方が嬉しいだろう。 その女性はマスコミ塾にも通っていた。そして、OBOG訪問をしたというが、自分の大学にはOBOGがいなかったので、他大にまで探しに行って話を聞きに行ったとも言っていた。行動力も行動量が違う。 もう8年前の話だがらもう違うかもしれないが、その女性がOBOG訪問をした際に教えてもらったという情報によると、双葉社は例年3名取るという。 傾向として、2名は男性、1名は女性。そして、1名は真面目な秀才タイプ、1名はぶっ飛んでいるタイプを選んでいるとも言っていた。これを考えると、さらに合点が行く。あの方々があてはまるからだ。 あの2人に会った時も「ああ、負けたな」と感じたが、箕輪さんもあの時に入っていたのだと考えると格が違いすぎる。 2010年入社組が凄過ぎて自分が落ちたことに改めて納得した。あの方々は入るべくして入ったのだ。

出版業界を目指していた理由

結局私は、2010年5月に双葉社からお祈りされた後、出版業界に絞った就活をやめた。夢から醒めたというよりかは、放心してしまったのだ。悲しくて、本も漫画も見たくなくなった。こんな風になる時点で、それまでの熱意だったのだろう。 リーマンショック後のただでさえ氷河期だったのにもかかわらず、多くて10名、大体2、3名しか取らない出版社に絞るなんてトチ狂っていると言われていた。自分でもそう思う。 振り返って見ると、子供の時から本や漫画を読むのが好きだった。小中学生時代に同人活動をして、作って売っていた時代もある。美術部長でも会ったのでその権限で「資料です」だとか言って、よく漫画を持ち込んでいたのも懐かしい。 作文を書くのも好きだったし、子供時代の過去の栄光ではあるが、よく賞をもらっていたのでそれなりに得意だったとも言えよう。 高校生や大学生になってもその傾向は続いていたし、文学部に進学した理由の一つでもある。出版編集プロダクションでアルバイトをし、その頃から出版社に入りたいと感じていた。 いざ就活を始めた時は、とりあえず色々な所にエントリーシートを送ってみたが、結局まともに通るのは出版社ばかりで、面接も通りが良かったのでお呼びかと勘違いしてしまったのである。要は、夢を見ていたのだ。

出版業界を諦め、他業界の夏募集に苦戦

その後私は、大学4年の5月から6月までは教育実習をし、7月から就活を再開した。正確にいえば、出版業界に絞らない就活を始めた。3年の10月から4年の5月まで出版社を追い続け、やっとそれをやめたのである。 とはいえ、「出版社を受けるのをやめる」ほどのご身分ではなかった。リーマンショック後の氷河期、ただでさえ募集している会社は少なく、わがままも言えない状態。 留学組に狙いを定めた夏募集の大手企業には箸にも棒にもかからない。説明会に行くだけでも肩身が狭かった。隣に座った人に「どこに留学していたんですか?」なんて聞かれるのだ。あまりに辛過ぎる。 とにかくどこかに入れてもらうため、就活をした。2009年10月の就活開始から通算して100社以上はエントリーしたと思う。エントリーで履歴書も同じくらい書いたはずだ。 ただし、それまで出版社のためだけに就活をしていたので、得意なのはマスコミ向けの特殊なテストや作文。 周りがきちんとSPIの勉強をやっている時に、「マスコミテストには使える」と聞いたマジアカのゲームをやり込んだり、作文の三題噺に挑戦していたのだ。当然、どんどん差ができるに決まっている。 そのため、一般的なエントリーシートもまともに書けないし、SPIも苦手なままだった。テストセンター受験が必要だった会社も、もしかすると成績が悪くて落ちていた可能性だってある。SPIの非言語問題が異常なほどに苦手だったのだ。

出版業界に絞るのはリスキー

私は今まで何をやってきたのだろう、なぜ出版社以外の業界研究や勉強しかしなかったのだろうと後悔した。 当時、かなり殺気立っており、死に物狂いだった。「こんな頑張っているのだから」なんて勘違いして、なんとなく受かる気がしてしまっていたのだ。あの双葉社の最終面接後に2人に会うまでは。 どこの出版社も大体倍率は1000倍近いのに、何を夢見ていたのだろう。あの時の自分が怖いし、出版志望者にこそ、この業界だけに絞るのは危険だから避けた方が良いと伝えたい。

出版業界に絞ったからといって受かるわけではない

これはあくまで私の周りの人の話や知っている情報によるが、双葉社くらいの中堅クラスだと、本当に本好きだとか漫画好きだとか、「出版業界に入りたい」みたいな人が入っている。 だが、集英社小学館講談社の大手3社になると、他業界の大手企業にも受かっている人や、出版業界はおろかマスコミに絞り込んでいない人もいる印象だった。 確かに全員が編集職になるとは限らないのだから、総合的にできる人も採った方が良いとも言えよう。 あまりにオタクだったり、自社商品(本)や著者や漫画家を愛しすぎると客観視できなくなるし、多面的な見方ができなくなる。つまり、お客様である読者を置いてきぼりにしてしまう危険性もあるのだ。 だからこそ、他業界でも成功しそうな人も重要だ。特に大手に入っていった人からはそんな印象を受けた。中途で他業界から人を入れる時も、現状打破のために新しい見方やアイディアが欲しいというもあるだろう。 出版社はエントリーシートは8枚あったり、1枚丸々が白紙で自由記述だったり、キャッチコピーを考える課題があったり、作文添付がデフォルトなので時間も労力もかかるから負担が大きい。 面接後のテストも作文や特殊なものが多いので、それ用の対策が必要になる。今考えてみれば、面接で聞かれた質問も不思議なものだった。 テレビ業界や広告業界は受けていないし、新聞業界は面接まで進んでいないのでわからないが、多分それらも特殊な気がする。マスコミ塾が存在するのもこういう理由だと思える。 ある意味、負担を増やすことで、本当に入りたい人かどうか、篩に掛けているのだろう。

就活に失敗した私に足りなかったもの

このように、出版社にエントリーするだけでも時間も労力もかかるからこそ、それに注力するために、早々とSPIだとか面接対策をしていた方が良いだろう。しておかないと、ぶっつけになってリスクが高すぎる。 当時の私にはそれが足りなかった。正直戻れるならば、「紙ではなくwebも考えろ」とか「広告業界も考えろ」と言うだろうけど。 今では「どういうエントリーシートだと通過しやすいか」だとか「うまい自己PR文」だとかは思いつくし、お客様の自己PR文を作ったり、職務経歴書の添削さえしている。 だが、これは営業や広告を経験したからわかること。当時はそんな勘が良い学生でもなく、思いつかなかった。 校内の就職説明会にもOBOG訪問にも行かなかったのも失敗の一因だろう。ただただ、就活本を読み漁っては王道な自己PR文を暗記するなど、おかしな方向に行っていた。出版業界以外に興味がなかったので、そうするしかないと思っていたのだ。

大学卒業後、他業界に進むことに

結局私は半導体メーカーに入った

結局やっと受かったのは8月。それが1社目に入った会社である。半導体メーカーの財務職だ。BtoBの中小企業である。おそらく電機メーカーの人くらいにしか知られていないニッチな会社だ。 今でも経歴を話すと「メーカー志望だったの?」「なんで財務職?」「1社目だけ全然違うね」と言われる。ここしか受からなかったし、やっと拾ってもらえたのがここだったのだ。それ以外の理由はない。 8月にここの内定が出てから就活を続ける気力もなかったし、10月は内定式。1社目には悪いが、もう私は会社や仕事に期待することもやめ、やる気をなくしてしまった。 選んだ理由としては、安定しているニッチ業界であり、「ブラック企業ではない」とは聞いていたから受けたわけで、希望ではないが特に嫌でもなく、唯一受かったから行っただけだ。もはや淡々と仕事をし、アフター5を楽しもうくらいに考えていた。

財務職になったのも偶然だ

財務職になったのも偶然だ。希望部署なんて一切聞かれなかったので会社が決めたことである。 それに当初は、女性は家から通う前提で採用されたのに東京勤務にならず、往復8時間かかる工場配属になり、毎日始発通勤をしていた。 研究所での仕事は面白かったものの、さすがに心身ともにおかしくなってきたのでどうにか本社にしてくれと頼んだ。あのままだったら辞めていただろう。 結局、3ヶ月後、本社の経理部財務職に異動になり、正式に配属になった。事務職、さらに経理財務なんて私に1番合わない。会社は何を勘違いしたのだろう。しかも残業も多かった。 数学の模試偏差値が30だったことを知っていた友達にも「財務課とか1番合わなそう。絶対数学の〇〇先生も笑うわ。」とも言われた。ルーチンワークも細かいことも嫌いなので、特に嫌なことはなくても本当に苦痛だった。 ただし、工場に通うよりは通勤時間は往復8時間から往復4時間に短縮されたので、我慢することにした。それに、会社の人はいい人が多かったので、やる気はないがなんとか淡々とやり過ごした。

ルーチンワークの事務が苦手で営業に

在職中、複数の人に「営業に向いている」と言われたのをきっかけに試しに営業塾「トップセールスレディー育成塾(TSL)」に通い始めた。そこで「営業」に偏見があったことや、実はやりがいがあって面白い仕事だということに気がついた。 とはいえ、その会社は古い体質の会社であり、女性は営業事務にしかなれなかった。それに、女性は総合職にもなれない仕組みだった。 総合職になりたいと直談判したものの「中国に行きたいか?」と言われ、そこまでの意欲もないので、2年半務めたのち、退職。その後に受かった、日本生命に入社した。 エリア担当の営業職で正社員採用だったので、給料は固定で歩合組よりはきつくない。とはいえ、保険営業はきついものはきつい。だが、挑戦したい気持ちがあったのだ。 もちろん、出版社に行きたい気持ちがなかったと言えば嘘になる。ただ、未経験者の壁は厚かった。 もし本当に行きたいのならば、たとえ零細出版社や編集プロダクションでも潜り込み、努力する必要はあったのだ。数社応募したもののやはり落ちた。あの双葉社の中途募集もだ。 「もう出版社に入るのは無理なんだ」と再度打ちのめされた。飯田橋駅からは双葉社が見えるのだが、余計に双葉社があった飯田橋に行くのが辛くなり、近づくと目を背けるほどになった。その当時でもなお、最終面接で大失態した時の悪夢を見ていたからである。 そんな経緯もあり、出版社は諦めた。そして、向いていると言われた営業職に進むことにしたのである。 営業職に惹かれた理由は、結果がわかりやすい上に、自分の努力次第で変えられるのに惹かれたからだ。また、外に出たい欲が強かった内勤の私には魅力的だったのである。

喰わず嫌いしていた業界・職種が意外と合うことも

就活時代は営業を毛嫌いしていた私からしたらおかしな話だ。当時は、出版業界以外の業界研究はまともにせず、しかも編集職のことしか考えていなかったのである。 だが結果的に営業職につき、職域内で担当顧客数1位になったり、1年間で達成するべき個人目標、つまりノルマを2ヶ月で達成したので、それなりにはあっていたのだろう。辛かったのでもうやりたくないが。 また、今ではどっぷり浸かっている広告業界だが、当時は怖がっていた。営業や飲み会がきつそうだという偏見があったからだ。事実きついのだが、広告営業という仕事内容を勘違いしていた。 さらに、以降関わる業界に近いリクルート系や、サイバーなどのwebに強いベンチャーは、美男美女かつリア充の巣窟であり、とてもではないが私には受ける資格がないと感じていた。 そのため、よく調べもせずに新卒就活時代は応募さえしなかった。入社式の写真を見ても私には無理だと感じ、とにかく怖かったのだ。 後日談だが、数年後に仕事内容を調べて興味を持ち、実態も偏見だったことに気がついて応募したのだが、結局落ちたので私はお呼びではなかったのだろう。

web業界に行き着く

本来やりたかった仕事に、やっと戻ってきた

日本生命では1年ほど務め、ストレスから体を壊しがちになり辞めることにした。その後は保険代理店の法人営業と広報に転職することになる。ただ、色々と労基的に問題があり、社長以外は全員辞めることになったので私も一緒に辞めた。 そして、次に行ったのは前職。旅館専門の公式ホームページ制作会社だ。ホームページ制作会社といっても、予約サイトも作っており、予約からの手数料から収益を出していたので、実質通販会社のようなものである。また、じゃらん楽天なども代行していた。 職種はwebディレクター。ここでやっと、今の仕事に近づいた。やはり経歴の話をすると、「大きく方向転換したんですね」とか「なぜ突然webディレクターに?」ともよく聞かれる。だが、私の中では「やっと戻って来た」という感覚だった。

「webディレクター」という仕事に出会ったきっかけ

私の友達の中で、リクルートのwebディレクターに転職した友達がいる。大学時代、就活を通じて出会った友達だ。保険代理店を辞めることを決めた頃、その友達に久々に会った。 私にとってはリア充の巣窟のイメージだったリクルートだったが、彼女が言うにそういう人もいるが全員そうではないと。そして、「このwebディレクターの職種、〇〇(私の名前)ちゃんがやりたいって言っていたことばかりの仕事だよ。」と教えてくれたのだ。しかも、営業経験も活かせるという。 そこで初めて、「webディレクター」の仕事に興味を持ったのである。 私のイメージの中で「webディレクター」というのは、コーディングやwebデザインができなければなれない仕事だと思っていた。 確かに会社によっては、コーディングやwebデザインができなければなれない。たとえプロ並みには出来なくても、デザイナーさんやコーダーさんに依頼できるレベルのweb知識がなければできないというのが通常だろう。

webディレクターに求められるスキルは会社によりけり

ただ、リクルートに関しては、web知識は皆無で、コーディングなんてしないという。いわゆる「制作ディレクター」というやつだ。 リクルートにはシステム系に強い、いわゆるwebディレクターもいるが、制作の監督としての制作ディレクターもいる。プランナーとも言えるだろう。 彼女は求人広告を担当していたのだが、担当企業へ取材をし、広告の打ち出し方を考え、プラン構成、ライティングをするという。 撮影やデザイン、ライティングは他の人がやることが多いが、簡単な撮影や画像加工くらいはやるとのこと。また、ライターを外注する場合は大事な部分のみ自分が作り、構成は決め、「こんな風に書いてください」と発注かつ管理するのだという。 そして、その求人広告によって、応募者を増やし、採用まで結びつけるがゴールだ。広告によって集客するので、広告営業にも近い。だから、営業経験も活かせるというのだ。 そんな話を聞き、確かにこれは私がやりたい仕事だったし、今もやりたい仕事であり、「webディレクター」という仕事にかなり惹かれたのである。

これからは「紙」よりも「web」かな・・・

また、保険代理店時代に広報も兼ねており、定期的に機関紙のような冊子も作っていた。その時、書くことの楽しさを思い出したのもある。 当時はもう出版社への興味は薄れていた。何度も落ちているので今更受かる気もしなかったし、紙出版は斜陽業界だとわかっていて行きたいほどの意欲もなかった。 私は、電子書籍よりも紙の本のが好きだ。雑誌もつい買ってしまう。だから、購入者としては出版社は好きだ。 とはいえ、出版社に入れる気はさらさらなかったし、出版社の編集者としてヒットを出せる自信もなかったし、そこまでの意欲もなかった。 今では、紙系の老舗出版社もオンラインで面白い取り組みをしているところがたくさんあって魅力的だが、当時はそういうところも少なく、出版社への興味や憧れもなくなってしまったのだ。 それに、保険代理店で機関紙を作っている時に楽しみを覚えたのは、編集よりもライティングだった。まとめること、指示出すことだけではなく、自分で書いて作りたいと強く感じたのである。 そんなわけで「webディレクター」および「web業界」に興味を持った私は、そこに絞って転職活動をした。

転職エージェントに広告業界をオススメされる

この時に転職活動で利用したのは、リクルートDODAだったが、この時のDODAのエージェントの人が本当に良かった。 今までの経歴や趣味嗜好、今後やっていきたいことや、自分の価値観や性格がわかるようなことをざっくばらんに話したのだが、「江口さんは絶対、広告業界に向いていますよ」と薦められたのだ。 その時私は、web業界やwebディレクター、文章やデザインなどを作る仕事には興味はあった。だが、これといって別にweb広告に興味があったわけではない。 それに、就活していた時は、広告業界に見向きもしなかったし、応募もしなかった。同じマスコミのくくりだと「テレビ・広告・新聞・出版」になるが、広告に関しては特に「新卒のほとんどが営業になるし、特に広告営業なんて恐ろしいところだ」と恐れ、エントリーもしていないのだ。 そんな具合の私だったからこそ、「え・・・広告ですか・・・」と言ってしまったのである。 そうしたら、「確かに楽とは言えませんし、今すぐお子さんをお考えならばおすすめはしませんが、お話を聞いた感じだと、絶対合うと思うんですよね。それに会社を選べば残業もきつくないので。」と本音でエージェントの人が言ってくれたので、考えてみることにした。

広告・マーケティングの専門書を買い込んで勉強

そこで初めて、広告業界マーケティングの専門書を買い込み、調べ始めたのである。わからないなりに無理してカタカナ用語やら謎の職種名、広告の流れも覚えたのもその頃だが、今になって役に立っているので良かったと思う。 特にその人はとあるweb広告代理店をオススメしてくれて、調べてみたら興味を持てたのでそこを受けることにした。 ただし、未経験者で入社した人はほぼいない会社だったので、とにかく専門用語や業界内の話を頭に叩き込み、なんとか面接を突破。そして、内定を得たのである。 職種はアカウントプランナー。いわゆる、広告営業だ。物売りの営業ではなく、広告を作ることでクライアントに売上をもたらす職種である。 ただし、文章を書いたりはしない職種だった。企画や文章やデザイン案は考えるが、社内にはwebディレクターもコピーライターもデザイナーも別にいた。 だから、そこだけは当初の希望とは異なり、入社を迷っていた。

「コピーライター」を兼ねる「webディレクター職」発見

エージェントとは別に、リクルートの求人経由で見つけたのが前職。旅館専門のホームページ制作会社だ。「webディレクター」という検索ワードで検索したらヒットし、旅好きの私は惹かれたのである。 それに、ホームページ制作会社でありながら、広告制作会社や通販会社のような形態をとっていた。ホームページ制作費をもらうのではなく、宿泊予約が入ると、その予約からの手数料をいただくビジネスモデルだったのだ。 どういうことかというと、そこの会社は予約サイトも作っており、ホームページからリンクしていた。じゃらん楽天などの代行もしていたが、独自にあのよう予約サイトもホームページ上で作っていたのである。 また、ただ作って終わりではなく、自分の担当宿に予約が入るように更新し続ける仕組みだし、宿泊プランの文章作成や写真撮影を行うだけではなく、宿泊プランの企画から入り込めるのが面白そうだった。 旅館やホテルの公式ホームページなのだから、もちろん予約サイトだけではなく、料理紹介ページや部屋紹介ページ、館内紹介ページ、温泉紹介ページ、観光案内ページ、アクセス案内ページ、スタッフ紹介ページなど多岐にわたる。 だが、そのホームページで予約を増やすのが使命であり、予約が入らないことには会社にお金が入らない。つまり、そのホームページ全体が、予約を促す広告そのものだと言えるのだ。 大変そうだとは思ったが、自分のやり方次第で旅館に貢献できるし、自分のやりたい制作に関われるし、売る仕組み作りとして営業経験を活かせると感じ、その仕事に惹かれた。

webディレクターの募集要件に法人営業経験!?

コピーライターを兼任するwebディレクターを募集していたが、今思えばあの会社が募集していたのは完全に「セールスコピーライター」だ。「売る」ためのコピーライティングをしていたのだからそのものである。 応募条件には、webディレクター・コピーライター・カメラマン経験者、もしくは法人営業経験者とあった。前者にはあてはまらないものの、私は法人営業経験者。 しかも、この会社のwebディレクターにおいては、コーディング経験もwebデザイン経験はなくてもかまわないとのこと。コーディングはwebデザイナーの人が行うからということだった。歓迎条件に入っているくらいだったので、私でも応募できると応募した。 おそらく、この会社のwebディレクターは、支配人(会長や社長クラス)と話したり、アドバイスコンサルティング、場合によっては交渉する立場だったのと、「セールスコピーライター」要素が強いコピーライターとしてのスキルを求められたので、「法人営業経験者」も募集要件にしたのだろう。

コピーライティング・ラフデザイン案テストのために勉強

とはいえ、「面接前に、コピーライティングのテストと、ホームページのラフデザイン案(=フレームワーク)のテストは出ますよ。」と言われていた。未経験者も応募して良いけど、テストで判断するというスタンスなのだ。 事前に教えてもらっていたので、これまた広告業界同様に、コピーライティングやらホームページ制作の本を買いあさり、勉強した。同時期に広告代理店を受けていたために広告の勉強もしていたので、コピーライティングを理解しやすかったし、面白かった。 ここで勉強したことは今でものすごく役立っているし、あの頃全く意味の分からなかった難解な専門書や名著も今では重宝している。 結果的に、この旅館ホームページ制作会社のコピーライティングやラフ案(=フレームワーク)のテストは突破し、面接にも受かり、内定を得ることができた。つまり、web広告代理店のアカウントプランナーの内定以外に、ここの会社の内定をいただけたのである。 どちらも魅力的で迷ったのだが、結局、「コピーライターも兼務する」など、制作にがっつり携われるホームページ制作会社のwebディレクター職を選んだ。それが前職の旅館専門のホームページ制作会社である。

ホームページ・予約サイト制作会社のwebディレクターに

前職では、今の仕事にかなり近い仕事をしていた。webディレクターというが実質何でも屋だ。予約が入らないことには会社の売り上げにはならないので、担当宿の予約が増えることならば何でもやった。 取材・撮影・集客コンサルティング・ホームページ上の全文ライティング・ラフデザインの作成・ワイヤーフレーム作成・バナーデザイン案作成・宿泊プランの企画や提案・プラン作成・コピーライティング、グーグルアナリティクスの検証からのマーケティングなど。 その他、女将のふりして文章を書いたり、楽天スーパーセールの広告を作ったり、メルマガも作って流したり、支配人のふりしてじゃらん楽天をなどの代行もした。 取材のために夜中に山道を機材を積んだレンタカーで走ったり、ストロボ3台に撮影傘3本、カメラ2台を1人でかかえて坂を登ったり、始発で行って終電で帰ってきたり、かなり体力的にはきつかったが、面白い仕事ではあった。あれがあったから、今があると言えよう。

本業も副業もコピーライターという生活

ただやはり面白いだけで続くわけもなく、体力の限界がきて2年でやめることにした。ただ、この仕事自体は大好きだったので辞めず、この仕事で独立することにした。 また、体力的に限界になることが予想できたので、在職中にセールスコピーライター養成講座に通っていた。平日も会社でコピーライティング、土日も副業でコピーライティングの日々。これが独立を後押ししてくれたものだ。 とはいえ、元々起業願望や独立願望があったわけでもなく、会社員そのものが嫌になったわけでもなかった。ただ、副業の仕事でとにかく忙しく転職を考える暇も余裕もなく、収入としても独立しても平気そうな金額になっていたのでそのまま移行したイメージだ。

セールスコピーライターとして独立

起業願望はなかったものの流れで独立へ

退職したのが2016年8月。その副業だったものが、今の本業だ。 媒体だけでとらえると、HPやLP、オウンドメディアなどのweb媒体の依頼が多い。とはいえ、チラシやFAXDM、雑誌広告やパンフレット、名刺などの紙媒体の依頼もある。 例えば、プロフィール文だけの依頼であれば、やることはほぼ同じであったりもするが、デザイン構成やページや文字数制限、見られるターゲット層や掲載する場所、検索流入なども気にするのであれば、紙とwebでは内容も変わってくる。 それに現在、とある出版社の外部顧問だったりもするし、雑誌広告を作ったり、電子書籍ではあるが編集の仕事もしている。特にこちらからお願いしたわけでもないのに、あの落ちまくった出版業界に回り回って関わっているのだから不思議なものである。 webディレクターの仕事も、出版社で言うところの編集者の仕事と似ている気がする。制作物を納品まで仕上げる総監督だからだ。 WEBディレクターも編集者も、各職務を兼任することも多いと思うが、制作物を企画し、打ち出し方や方向性を決め、取材をし、営業さんとも協力し、ライターさんやデザイナーさん、カメラマンさん、webの場合はコーダーさんにもご依頼してまとめ、納品まで仕上げる。結局そういう仕事に携わっているので、面白い巡り合わせである。 また、財務や保険、年金をテーマにした講座LPやDMなどの広告やステップメール、金融コラムなども依頼されて作ってきた。今までのメーカー財務種の経験や保険営業時代の知識が今にして活きているので、無駄ではなかったのだろう。

webのシステム開発している夫にも不思議がられる

それに、できないだとか言っていたコーディングだが、プログラミングを学ぶ塾の案件にも携わったことから、少しは勉強を始め、こうやってワードプレスも自力で立ち上げた。 前職はSEで、今はがっつりwebのシステム開発をしている夫には、「web業界に無縁な所にいた人が自分の近い業界に来て不思議だし、しかも、俺が検索すると頻繁に出てくるプログラミングサイトにも関わっているのだから、なんだか自分は囲われている気分になる」とも言われた。 確かに言われてみたら不思議である。しかも、夫を追ってwebの世界に来たわけでもないのに、結果的にこうなっていた。更に言えば、夫は広告関連の仕事にも関わっているので、お互い本を貸しあったり、情報共有することも多い。これもまた縁であろう。

遠回りしてきた経験も活かせている

希望通りの業界・職種に就けず、転職を繰り返し、退職の邪魔や未払いで労基に駆け込んだりと色々なことはあったものの、回り回って今があるので、これで良かったとも思える。 少なくとも、双葉社の最終面接の様子が夢に出てくることはもうなくなったし、飯田橋駅から双葉社が見えても泣いたりしなくなった。 それに私は、出版業界よりも広告業界に向いているような気がするし、作り手目線では紙よりもwebの方が向いている気がする。それに、編集職よりも営業に近い存在のコピーライターやライター、webディレクターの方が向いているような気もする。色々経験して、やっと気がついたのだ。

何屋なのか迷子なので「あなたの宣伝部長」と名乗る

今は、「集客コンサルティング&セールスコピーライター」という肩書きがメインだが、色々やりすぎて最近は何屋か不明だ。 お客様には「何屋さんか明確にした方が良い」だとか「ターゲットを絞った方が良い」とか「自分の強みを出した方が良い」だとか偉そうなことを言っているが、人のことは言えない。 やっていることの肩書きや職種を並べるならば、集客コンサルティング/セールスコピーライター/ライター/ディレクター/プランナー/コラムニスト/セミナー講師などになるが、ややこしいので「あなたの宣伝部長」と名乗っており、これがうちの屋号である。 上記以外には、取材や撮影、企画、構成案作成、デザイン、ヒアリング、通販などの売れる仕組みの構築、セミナーや講座作りのアドバイスもしている。 集客コンサルティングでクライアント様や商品の強みを引き出し、売上・集客・認知度アップのために、適切な方法を見つけ出し、それに応じた広告制作や記事執筆などを企画から納品まで行っている。

経歴を羅列すると転職回数が目立つ

淡々と経歴を書いていくと、

2009年に双葉社を落ちたことがきっかけで出版業界を諦め、2010年に半導体メーカーに入社。財務職として小口現金や売掛金、決算業務に携わった。上場準備も経験している。 財務職時代に「営業に向いている」と言われることが多かったので、営業塾に通い、営業の面白さに気がつく。 2012年、日本生命のエリア営業職へ。銀行や電機メーカーを担当し、職域内担当顧客数1位、解約件数0をキープ。 2013年、AIU保険などの外資損保がメインの生損保代理店に転職し、法人営業として会社向けの損害保険や経営者向けの生命保険を販売。結果、三井住友海上あいおい生命保険会社における1年間の個人目標基準を2ヶ月で達成。 2014年に旅館専門のホームページ兼予約サイト制作会社に転職。webディレクターやコピーライターなどの仕事をメインに活動。全国の50施設ほど担当。取材や撮影、コンサルティング、プラン企画、フレームワーク作成など、予約を増やす施策ならば何でも行った。結果、前年比平均3〜5倍の予約増なども経験。 2015年、セールスコピーライター養成講座に通い始め、セールスコピーライターとしての副業を開始。2016年に副業を本業化し、独立。 企画から制作、納品まで行い、広告制作や記事執筆で反応率を45.5倍にしたり、5千万円超の受注をクライアントにもたらした実績がある。 現在は出版社の外部顧問や、webマーケティング会社などの広告制作業務を請け負いつつ、企業様、経営者を始めとした個人の方からの仕事を直接行っている。

というように、この数年間だけで変わりまくっている。2010年からの6年間で転職回数は4回。副業時代や独立後の外部顧問や業務委託など、定期的にご依頼いただいてきた会社も含めれば+10は超える。転々としまくりだ。 ただし、何かしら今の仕事に活かせているので、悪いとは思っていない。現在、集客コンサルや広告制作、記事執筆をしているが、ここに活かせるからだ。 特に、職業柄、クライアント様の話を聞いて理解し、その上で問題解決できるアイディアを出していく必要がある。 もちろん、調べてから話を聞くが、自分で経験・体験していた方が相手の話を理解しやすいし、業界特有の事情も飲み込める。それをいかに一般の方々に伝えるかが勝負だ。

好きな仕事は続けて、好きではない仕事は譲りたい

今成功しているかと言われたらそうは思わないし、稼いでいるかと聞かれたらそうでもない。また、満足かと聞かれたらそれなりには満足だ。 とはいえ、まだまだやりたいことも、叶えたいことも沢山ある。もちろん誰だって、稼いだり、もてはやされるのは悪い気はしない。数億円積まれたら喜んでもらうだろう。 だが、それはそれで置いておいて、どちらかというと今は、自分の好きな仕事や「やりたい」と思える仕事を選び、極めていきたい。 残念ながら私は、基本的に熱意もやる気も根気もない人間だ。特にやりたくないことに関しては殊更その傾向が出る。 とはいえ、それでも問題ないとも開き直っているし、好きでやりたいことならば勝手にやるし、そんな熱意もやる気も根気もなければできないことなんて、もっとそれを好きな人や得意な人がやった方が良いとも考えている。

私を落とした会社の方々へ

綺麗事かもしれないが、自分が楽しんで取り組んだ好きなことで、結果的に人に喜んでもらえて、さらにお金がもらえるなんて最高じゃないか。 そんなわけで、ぬるぬると活動をしていきたい。 とりあえず、私を今まで落としてきた会社の方々が「ぐぬぬ・・・アニータ江口を落とした俺が馬鹿だった。あいつを入れておけば今頃弊社は・・・」と悔やんでくれるくらいには成長したい。 私を落とした会社の方々も、もし私にご依頼があれば喜んで。怒ったり泣いたりしないのでご安心を。 https://anita-egc.com/2018/05/01/profile/

「面倒臭い」という言葉が人をダメにする?

anita-egc.com

 

※このはてなブログの記事は、私が書いた上記の「公式サイト兼ブログ」の記事とほぼ同じです。なお、上記の方は体裁を整えているために、読みやすくなっていますので、ノンストレスで読まれたい方は上記をご覧ください。


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「面倒臭い」という言葉が人をダメにする?

「『面倒臭い』という言葉が、人をダメにするんだよ」 そんなことを言われたらどうだろうか? 私は認めるだろう。極度の面倒臭がり屋なので、言い返すのも面倒になり「はいはいそうですね、私がダメな人間ですよ。」と受け流すのだ。

 

とはいえ、「『面倒臭い』っていう一言が、人をダメにするんだよ」という言葉は、人間性まで否定しているようで暴言とも受け取れる。 確かに「これお願いね」と言われた時に、「めんどくさいなぁ」と言ったらそりゃ怒られるだろう。そのくらいはわかるし、わざわざ喧嘩を売らなくても良いだろう。 ただし、心の中でつぶやいたことに対し、「面倒臭いと考えるべきではない。人としてダメになるぞ。」だとか言われるのは、どうにも納得できない。

 

 

自分に「面倒臭い」という気持ちを禁止しても無意味

心が清らかな人は「面倒臭い」と思ってしまう自分をせめたり、「私ってダメなのね」だとか「面倒臭いって思わないようにしなきゃ」とか自分を責めてしまうかもしれない。 また、真面目な人は「面倒臭い」というようなネガティブな考えはダメだと考え始めていたところ、変なポジティブ教に洗脳されてしまい、しまいには「お疲れ様」を「お元気様です」とか「お楽しみ様です」とか言い始めるようになってしまうかもしれない。

 

暑い日に「『暑いですね』と言ったら余計暑くなるからダメ!」とか言って、「寒いですね」と言っても寒くなるわけがない。 心の底から信じることができれば寒くなるのだろうが、「暑いって思っちゃダメだ!」なんて思えば思うほど暑さを感じ、暑い気がするだろう。 それと同じような話であり、「『面倒臭い』って思っちゃダメだ」と思っても、面倒くさくなくなるわけでもなく、その気持ちが消えることもない。むしろ悪化するかもしれない。

 

 

「面倒臭い」気持ちが人類を進歩させている

もし、人類に「面倒臭い」という気持ちがなかったらどうなってしまうのだろう。少なくとも、あなたが今見ているようなスマホやパソコンは生まれなかっただろう。 日本人であれば、きっとまだ縄文時代のように野山を駆け巡り、集団で動物を襲い、作った槍で狩っていただろう。

 

いや、それさえもしていないかもしれない。集団で武器を使って狩りをするようになったのは、きっと一人一人で追いかけて羽交い締めする方法ではうまくいかず、このやり方だと「面倒臭い」と思ったから、より効率化しようと協力し始めたのだと思う。 根っからの面倒臭がり屋であれば、生まれてきて「手を動かすのが面倒臭い」とか「息するのが面倒臭い」となってそのままお亡くなりになってしまうと思う。だが、そんな人は滅多にいないだろう。

 

ほぼ欲がない人間だったとしても、誰でも「何か食べたい」「排泄したい」「寝たい」という欲求は、大概の場合は生きていれば誰でもあると思う。 だから、昔の人も「動くの面倒臭いな」とは思ったとしても、「何か食べたい」という生理的欲求を満たすために、面倒臭さ度で言えばまだマシな狩りの方法で動物を狩っていたのだろう。 一人一人で動物を追いかけて羽交い締めする方法は「面倒臭いな」と思ったからこそ、きっと羽交い締めする面倒くささを回避するために、武器を作り、集団で狩をするようになったのかもしれない。

 

つまり、「面倒臭い」と言う気持ちこそが、人類を発展させているとも言えるだろう。だからこそ、自分が「面倒臭い」と思えば思うほど、成長していると言うことにして、自分を認めている。

 

 

数学の公式も「面倒臭い」から生まれたはず

今でも理不尽だったと思って根に持っていることなのだが、小学6年生の時、算数の問題を解いている時、面倒臭い解き方を強要された。 公式を使えば簡単に解けるし、ダラダラ書かなくても解ける問題だったのだが、「書き直せ」と言われたのだ。 そこで「えーめんどくさいなぁ」と言ったら、「めんどくさいとはなんだ!」と大声で怒鳴られたのである。今までその先生に怒られたこともなかったし、仲も良かった方だったので、突然のことで驚いた。ショックというよりも怒られた意味がわからなかった。

 

きっとその先生としては、「つべこべ言わずに習ったやり方で解け」ということだったのだろうが、私としては答えが出ればそれで良いと思っていたので納得できなかった。 確かに習ったやり方も知っておいた方が良い。それはわかる。だが、習っていない公式で解いて怒られるのは理不尽だ。 それに、先生をからかったわけでも、反発したわけでも、新しい公式を自慢したかったわけでもない。ただただ、「面倒臭い」と感じ、もっと楽な方法で解きたかっただけなのだ。 きっと公式を生み出した人も、「この解き方、面倒臭いな」と感じ、「もっと速くて簡単で楽な解き方ないかな?」と思い、公式を生み出したのだと思う。

 

 

「面倒臭い」と感じない人はどういう人か?

「面倒臭い」と感じない人は、どういう人だろう。「今のままで良い」と、現状に満足している人だ。 「肉が食べたい」と思えば、動物を羽交い締めしていて狩っているかもしれないし、もはや動くのもだるいからその辺に生えている草を食べているかもしれない。数を数えようとすれば、いつまで経っても指計算しているかもしれない。

 

これらはあくまで大げさな話であるが、「面倒臭い」と感じない人は、きっと仕事などでも「こういうもんなんだ」とそのまま捉え、変えようとはしない。面倒だとは思わないからだ。

 

そう言う人は「この紙を全部、シュレッダーにかけてもらえますか?」と言われた時、前任者が1枚1枚シュレッダーにかけていたからということで、1枚1枚かけるかもしれない。 前任者や周りの人に「1枚1枚シュレッダーにかけなさい」と言われたわけでも、「紙詰まりを起こすので1枚1枚シュレッダーにかけてください」と貼り紙があったわけでもないのに、「前任者がそうしていたから」ということで、何も疑問も持たずにそのまま引き継ぐのかもしれない。

 

もしその人が少しでも「1枚1枚シュレッダーにかけるのは面倒臭いな」と思ったら、とりあえず何枚か一気にかけてみたり、紙詰まりが恐ければ説明書を読んでみたり、周りの人に聞いてみるだろう。 だが、本人が「面倒臭い」と思わなければ疑問にも思わないし、「そういうもんだ」と思いって現状維持することになる。

 

 

「面倒臭い」を回避するために行動する

大事なのは、「面倒臭い」からこそどうするのか?という、考えや工夫なのだと思う。 「面倒臭い」ことは、そのままにしておいても「面倒臭い」ままだ。

 

夏休みの宿題のように、後回しにすればするほど、面倒臭くなることもある。 初日に仕上げてしまう人の中には、本当に勉強が好きな子や、夏休みを全力で楽しみたい子、宿題をただただやりたい子などもいると思う。 ただし、そのような優等生的な考えの子しかいないとは言えず、「後回しにすると面倒臭いから」という考えがあって、初日に仕上げてしまう子もいるだろう。私も割とそうだった。「面倒臭い」とすぐに思う自分をわかっているからこそ、そういう発想になる。

 

もちろん、面倒臭がりの人でも、機銃や対象はそれぞれ違う。「最終日に宿題をやる」ことよりも「初日に宿題をやる」ことの方が面倒ならば、「最終日に宿題をやる」ことを選ぶだろうし、「宿題をやらずに先生に怒られる」ことよりも、「宿題をやる」ことが面倒ならば宿題はやらないだろう。 上記の場合、いずれの方法にしても、ただ「面倒臭い」と思って何もしないのではなく、何かしらアクションは起こしている。宿題を初日にするにしろ、最終日にするにしろ、やらずに先生に怒られるのしろ、本人の「面倒臭い」を回避した結果がそれなのだ。

 

 

「好きなことならば面倒臭いと思わない」って本当?

「好きなことならば面倒臭いなんて言わないはず」「面倒臭いと思った時点で、好きなことではない」なんていう人もいる。きっとその人の中ではそうなのだろうが、私はそうは思わない。

 

例を挙げるが、私は動物が好きだ。そして、とある動物園に行きたいと思っている。朝9時から開園するとわかったが、朝から並ばないと入れないという。その時、朝が苦手な私はこう思うだろう。「早起きするのも朝から並ぶのも、面倒臭いな・・・」 もしかするとそれどころか、服を着替えて、家から出ることさえ「面倒臭いな・・・」と思うかもしれない。動物園にはものすごく行きたいにもかかわらず、ものすごくだるいのだ。 では、私が動物が好きではないかと聞かれたらそうではないし、動物園に行きたくないのかと聞かれたらそうでもない。

 

「そんなことで面倒臭がるなんて動物好きとして失格だ!」などとクソリプを飛ばしてくる人もいるかもしれないが、好きに基準なんてないだろう。 きっと「早起きして、動物園に並ぶのが面倒だ」という気持ちと、「動物園の動物園が見たい」という気持ちを天秤にかける。それでどちらか重い方を選ぶという、ただそれだけのことだ。

 

また、「早起きして、動物園に並ぶのが面倒だ」という結論になっても、色々と調べて他の動物園に興味を持てば、他の動物園に行くという選択にもなるし、「来週ならば空いている」などという情報を得れば、そのような行動をとるかもしれない。

 

「〇〇が好き」「〇〇がしたい」という気持ちがあっても、それを叶えるためにはそれなりの障害がある。 「神様からの挑戦状ね」だとかポジティブに考える人もいるかもしれないが、いくら好きなことをするためとはいえ「面倒臭い」と思う人もいるだろう。 ただその「面倒臭い」という気持ちを超えてまでしたいのかとか、他に方法を試すのかとか、それだけの話なのだ。

 

 

「面倒臭い」からこそ「どうすれば良いのか?」

「面倒臭い」と思わない人はおかしいだとか、退化するとは思わない。一般的に、ほとんどの人が何かしら「面倒臭い」と思っているはずだ。 そうでなければ「これだけでラクラク!オールインワンゲル」だとか「スマホだけで1億円」だとか「このブレスレッドをするだけでモテました」なんて表現に惹かれる人いない。 「面倒臭い・・・もっとこの工程すっ飛ばして、楽できないかな・・・」と思う人がいるからこそ、そういうものに需要がある。

 

そのまま調べもせずに飛びつく人は頭が退化している気もするが、あとあと「解約する時が面倒だ」と思わないのであれば、それはそれだろう。 それに、いつも笑顔で心の中でも「面倒臭い」と思わない人がいるとする。そういう人は、「面倒臭い」から「どうすれば良いのか?」の切り替えが、自分でも気がつかないくらいの光速なのだろう。 「面倒臭い」と思うこと自体は悪くない。

 

ただし、放っておいても何も変わらない。だからこそ、「面倒臭い」と思った時こそ、「では、どうすれば良いのか?」と問いかけることが重要になる。 きっとそのアイディアは、自分や誰かをより快適にさせるか、何かしらを進歩させるヒントになることだろう。「『面倒臭い』は人をダメにする」とは言い切れない。使いようには、人を進歩させるのだ。

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