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小室さん不倫疑惑報道をした“商業”誌『週刊文春』は、求められた仕事をしただけで悪くはない。

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週刊文春 2018年 1/25 号 [雑誌]

週刊文春 2018年 1/25 号 [雑誌]

 

1月18日発売の『週刊文春』による不倫疑惑報道がきっかけに、19日引退表明したとされる小室哲哉さん。個人的には「引退を決めたのは不倫疑惑報道のせいとは言い切れず、介護疲れや音楽の行き詰まりなどもあってのことなのでは?」とは思うものの、世論としては、不倫疑惑報道をした『週刊文春』のせいだという流れになっているようだ。

 

確かに小室さんの引退に関しては残念だ。あれほど才能がある人が引退するなんてもったいない気がするし、安室ちゃんに引き続き1つの時代が終わったようにも感じる。とはいえ、その時代を終わらせた犯人かのように、週刊文春を叩くのはいかがなものかとも思われる。

 

私は週刊文春の読者なのかと聞かれたらそうでもないし、これといって出版社の文藝春秋にお世話になってもいないし、特別な思いもない。ただ、文藝春秋も日本の中の一企業だと捉えると、これも仕方がないことではないかと感じてくるのだ。

 

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週刊文春を作り、出版しているのは文藝春秋だ。簡単にいえば、本を作って売る商売をしている。だから、作った本が売れなければ儲からない。ボランティアでもなければ、広告のおかげで発刊できているようなフリーペーパーでもないのだ。

 

メーカーだってそうだろう。買ってくれるであろうターゲットを想定し、そのターゲットが求めているものを生み出し、それを売る。何か流行しているものがあれば、自社商品に活かせないか試みる。うまくハマればラッキーだ。

 

これは出版社も同じだろう。業界としてはマスコミにも属されるが、メーカーと同じ製造業でもある。その作られたものを宣伝する広告業者も同じだ。何をどんな切り口で宣伝するのかという決め手は、ターゲットのニーズに合わせているに過ぎない。メーカーにしろ宣伝代行側にしろ、売れなければ(もしくは興味を持たれなければ)意味がないのだ。

 

文藝春秋はただ、求められたことに対して、求められたことを提供しただけである。ニーズがあったからこそ提供した。ただそれだけだ。出版社なので、お客様は読者になる。まずは雑誌を買って読んでくれるであろうターゲットを想定した。そして今回、そのターゲットが求めていて、喜びそうなことを提供したに過ぎない。

 

それに、週刊文春は今やオンラインでも注目されているため、ターゲットは週刊文春を買う層だけではない。ネットで見そうな層も取り込む必要がある。だから今、騒ぎ立てている層は、元々文春のターゲットであり、戦略通りだったわけだ。

 

「いやいや、こんなゴシップ求めていないから」という人もいうかもしれないが、現にここまで騒がれている。政治やら世界情勢なんぞ知ったこっちゃない。そんなことより、芸能人の不倫云々の方が注目される。知っている成功者の不幸話は、日々の憂さ晴らしにはちょうど良いのだ。死刑ならぬ私刑。週刊文春は私刑代行をしているに過ぎない。

 

本当に嫌ならば無視するしかない。もし、人が喜ばしいニュースにしか反応しなくなったとしたら、喜ばしいことしか書かれない週刊誌になるかもしれない。人気俳優が表紙に取り上げられるが如く、内容も人気なものが取り上げられる。ゴシップも、人気俳優のようなもの。イメージはポジティブとネガティブで大きく異なるが、数字が取れる・注目されるということに関しては全く同じなのだ。

 

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マスコミは微妙な立ち位置にいる。正確な情報を届けるべきだという風潮もある。公共放送であればほぼ義務であるが、他に関しては正直「公平公正な立ち位置で、正確な情報を届けるべきだ」という暗黙の了解で成り立っているものだと思う。特にテレビや新聞においてはことさらだ。媒体を問わず、公平公正な判断で正しい情報を提供しているマスメディアもあるが、それはもはや彼らの方針であり良心だ。「嘘さえつかなければ良い」として偏った切り口で発信するメディアも多い。

 

とはいえ、人は偏っているものに惹かれる。例えば、「Aが正しい」と考える人は「Aが正しい」と伝える本を買うだろうし、「Bが正しい」と考える人は「Bが正しい」と伝える本を買うだろう。また、AとBが敵対しているのであれば、お互い罵り合う可能性も高い。「Aが正しい」と伝える本は、「Bが正しい」と考える人から批判されるに違いない。

 

とはいえ、もし「AもBも正しい」とした本を出したからといって、「Aが正しい」と考える人と「Bが正しい」と考える人の両方から共感を得て、買ってもらえるとは限らない。むしろ主義主張がはっきりしないために、そういう本は注目されない。それにAとBが対立関係であれば、それにどちらからも反感を買う可能性もある。

 

偏らせれば偏らせるほど、片方の人には注目され、支持される。全方位に支持されるのはなかなか難しい。広告でターゲットを決める理由はそれだ。まず支持してほしい層に向かって、彼らが求めていることや喜びそうなことを発信するのである。

 

たまに「あのCMは失礼だわ!」などと様々な広告に対して怒る人もいるが、その怒っている人はターゲット外の可能性もある。企業側も広告制作側も、はなからその人に好かれようとは思っていないのかもしれない。全ての人に好かれる、注目される、買ってもらうということは難しいことだ。だから、一定数の誰かに好かれる代わりに、一定数の誰かに嫌われるのは仕方がないのだろう。

 

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選挙だってそうだ。20代に寄り添った公約が掲げられないのも、意見が反映されにくいのも、20代がターゲット視されにくいからだ。議員は当選したいという思いがある。いくら国のため、地域のため、誰々のためと言っていても、自分が当選しなければ実現できない。それに、当選しなければ失職してしまう。収入0になってしまうのだ。だとしたら、自分に投票してくれそうなターゲットに絞り、ターゲットが求めているものや欲しがりそうなものを公約に掲げる。

 

全ターゲットに向けて、投票を促すことは難しい。公約はとにかくわかりやすいものが理想とされる。「○○します」「××反対」などというように。そうなると、偏りが出てくるのも仕方がないのだ。そして、実際に当選したら、ターゲットが求めている度合いが強いものから、実現していこうと考える。問題視されているものから取り組みたいのも山々だが、また当選したい気持ちもある。本当に問題解決に取り組んでくれる議員もいるが、みんながみんなそうとも言えない。彼らにも生活がある分、仕方がないのだろう。

 

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結局、ターゲットに合わせ、与えられるコト・モノ・情報は変わってくる。「こんなの求めていない」とするならば、ターゲット自身が変わるしかない。例えば、小室さんの件のような不倫騒動にうんざりしているのならば無視をする。「文春ひどいね」とも言わない。

 

今、文春を叩いている人も、文春からしたらいいカモだ。騒いでくれればくれるほど、雑誌を買う人も、オンラインを見る人も増える。だから、それが嫌ならば無視するのが1番良いのだ。(こうして私のように便乗している人も、この件が本当に嫌ならば触れない方が良いかもしれない。)

 

どんなものが欲しいか、どんな情報が欲しいかは、発しなければわからない。お客様の声は、ネットによって昔よりは届きやすくなった。ネットが世論になりつつあり、個々がメディアの一種でもある。企業が発信する“オウンド”メディアや、YouTuberやインフルエンサーはメディアに依存せずとも影響力がある。

 

まだ完全には難しいとはいえ、マスコミが流行や世論を作り上げるような時代は過ぎたはずなのだ。いくら一部編集して切り取ったような悪意ある放送や掲載の仕方がされても、ネットで全貌が明らかになることもある。

 

自分がターゲットにされているのだとしたら、せっかくならば利用させてもらおう。マスコミだって、人を不快にさせたいわけではない。ただ、振り向いて欲しいだけなのだ。世論になるこちら側が、必要としないものは無視し、一方でどんなモノ・コト・情報が欲しいのか伝えていけば、きっとそれに応えてくれると思う。
 


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