『コラムニスト』気取りで何が悪い|あなたの宣伝部長!集客コンサルタント&セールスコピーライター|アニータ江口のブログ

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うまいこと言いたいだけの人生。広告制作して公開1ヶ月で顧客に5395万円受注をもたらしたり、企業webページをリニューアルして反応率45.5倍にしている人。内容:広告制作&宣伝・売上&集客UPの豆知識/購買意欲を高める行動心理学/書き方・伝え方・見せ方/趣味嗜好/イラっとした時の対処法/ブラック人心掌握術/評論・コラム

余裕がない人の「日本を元気にしたい」は信用できない。

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「日本を元気にしたい」と言う人がいる。
割とホームページや広告でも見かける言葉だろう。

実際私も、今まで何度も経営者や
個人事業主の方々などから
広告やホームページに
「理念や目的として記載して欲しい」と
頼まれて書いたことがある。

その方々が言うのだからそうなのだろう。
私がとやかく言う筋合いはない。

しかし「日本を元気にしたい」と言うのは
どのような思いで言っているのだろうか。

よくよく聞いてみると、

・日本の会社を元気にしたい
・日本の若者を元気にしたい
・日本の中高年を元気にしたい

など「日本の◯◯を元気にしたい」と
〇〇がそれぞれ異なる。

だが、大概経営者の方が言う
「日本を元気にしたい」は、
売上を上げる、売上をもたらすなど
マネタイズ系が多い。
経済的に潤って元気になると、
結果的に心身ともに元気になると言うことだ。
これに関しては異論はない。

だが「日本を元気にしたい」と言う
本人が元気でないと説得力がない。
少なくとも精神的には元気で、
あらゆる意味で余裕がなければ
綺麗事に聞こえる。

あらゆる面で余裕がある経営者などが
言っているのであれば納得できる。
元気を日本に分け与える境地まで達したのだなと。

企業ホームページに書いてあっても
特に気にも留めない。
正直よく聞く言葉なので響きもしないが
だからと言って嘘だとは思わない。

しかし、幸薄そうであらゆる面で
余裕がなく苦しんでいる人に
「日本を元気にしたい」と
言われたところでむしろ心配になるし
まずはあなたが元気になるべきだと思う。

今にも潰れそうな会社や経営者が
本当に「日本を元気にしたい」と
思うのだろうか。

いずれ成功して余裕ができたら
「日本を元気にしたい」と
考えているのならばわかる。

だが、生きるのに精一杯な人が
「日本を元気にしたい」と
考えているとは思えない。


*****


なぜか会社や経営者は
感動的な話や綺麗事を言わなければ
ならないような風習がある気がする。

広告を頼まれて書くのだが、
「なぜこれを売るのか」や
「なぜこれを開発したのか」など
書くのと書かないのでは
大分反応が違うことが多い。

「なぜこれを売るのか」や
「なぜこれを開発したのか」と言うところで、
「金儲けしたかったから」
「高級車に乗りたかったから」
「モテたかったら」
などと書いたら広告的にはアウトだが
もしかすると当初はそうだったかもしれない。

貧乏で余裕もなく心身ともに極限状態で
生きるのに精一杯な人や会社が
「日本を元気にしたい」などと言う理由だけで
動いているのだとしたら即身仏レベルだ。

広告ならばある程度綺麗にまとめる
必要があるのも仕方があるまい。
わざわざ反感をかうことを書く必要はない。

しかし、広告ではない時にでさえ
個人的なエゴや欲求を出すと
悪魔かのような扱いをされるのは
酷い話である。

少しくらいいいではないか。
「ギター弾いたらモテると思って
バンド始めました」くらいで。
むしろその方は人間味があって好感を持てる。

なぜ苦労話や不幸話を無理矢理にでも
捻出せねばならないのだ。

確かに広告的には苦労話や不幸話があって
そこからの大逆転の方が共感され、
「私でもできそう」と希望も与えられる。
それに、成功体験だけでは反感や妬みをかう。

広告だから仕方がないのもあるが、
他人の苦労話や不幸話を広告にまで求める
我々の存在も悲しいものである。

始めたきっかけが個人的な欲求
エゴであってもいいじゃないか。

徐々に余裕出てくるからこそ、
世のため人のため貢献しようとか
「日本を元気にしたい」とか
思うのが一般的な流れだろう。

むしろ余裕が全くないのに
世のため人のため貢献しようとか
「日本を元気にしたい」とか
心の底から思っている人がいたら
余程心が清い人なのか
尽くすことが趣味なドMだ。


*****


幸福度や満足度、
感じ方は人それぞれなので
判断基準は難しいところだが、
ある程度、自分が幸せを感じ、
満たされていると感じなければ、
人に幸福や元気を与えられるとは思えない。

貧しい国の人がなけなしのお金を
困っている人にあげる話はたまに聞く。

それは、その貧しい人が大変心の清い人で
あると言うのももちろんあるが、
その人は精神的には余裕があって元気であり、
他人が思っているほど経済的に貧しいと
“感じて”いないのかもしれない。

感じ方は人それぞれで、物価も違うのだから
何をどう判断するかはその人にしかわからない。

国民の97%が「私は幸せ」だと答える
世界一幸せな国ブータンに行ったからといって
幸せになれない日本人はたくさんいるだろう。

経済面や便利さで言えば、日本よりも貧しいので
そこに不満を持ち、不幸だと感じる人もいるだろう。

そもそもどこかにいけば幸せになれるとか
誰かに会えば幸せになれるとか
結婚すれば幸せになれるとか
他人まかせで「幸せにしてもらおう」と
しているのだとしたら幸せになれるはずがない。
自分が幸せになる気がなければ変わるわけがない。

何かがきっかけで自分が元気になったり
幸せになるのだとしたら良いのだが、
依存している限りは変わらないだろう。

経済的に貧しいと“感じて”いても
精神的には豊かだと“感じて”いるのであれば
「日本を元気にしたい」などと思うかもしれない。

だが、少なくとも精神的にも
経済的にも余裕がないと感じている人が
「日本を元気にしよう」などと思うとは
私には到底考えられない。

理念やキャッチコピーに
「日本を元気にしよう」と
大々的に掲げている人は、
実際に心の底から
「日本を元気にしよう」と
思っていたとしても、
私のような疑い深い人から
「綺麗事ではないか」と
思われていることを
忘れないでいただきたい。


*****


なお私は精神的に病んではいないし、
生活できないほどには困っていないが、
日本に元気を分け与えられるほどの
活力はないし、今は与える気もない。

それに現在、風邪を拗らせて
体調が悪い私が言ったところで
嘘臭く聞こえるだろう。
 
仕事として広告を作って
売上はサポートするが、
元気になるかは相手次第だ。

売上が上がったところで、
相手が元気になるとは限らない。
ましてや“日本”もそうだろう。

売上が上がり、富裕層になったことで
精神的にも経済的にも余裕ができ、
感謝の気持ちが湧いてきて、
多くの人に貢献したいと考えて
慈善事業を始めたり、寄付をし始める人も
いるかもしれない。

一方で、もしかすると
大金持ちになって嫌な会社や人間に
なってしまうかもしれない。

売上が大幅に上がり、
お金を儲けたことによって
酒池肉林の日々になり、
心身ともに病んでしまい、
借金まみれになって
しまうかもしれない。

売上が上がったことでどうなるかは、
相手が決めることである。

あくまで私がしていることは、
きっかけ作りに過ぎないのだ。

少なくとも今の私には
「日本を元気にしたい」と
言う余裕はない。

余裕もないのに
綺麗事も言いたくない。

ただ私は、酷い商品・サービスなのに
見掛け倒しで騙しているモノや人を
撲滅したいだけだ。

だからこそ、良い商品・人・サービスが
報われるように、それらの広告書いて
欲している人に届けたい。

正直、世のため人のためとは
思っていない。

お客様の売上が上がれば
楽しいと言う感覚も大いにある。

だが、自分が「いいな」とか
「すごいな」「広めたいな」
と感じて気に入ったものしか
宣伝も応援もしたくない。

ここには個人的な
私の感情が入っている。

酷く訳のわからない
商品・サービス・人に
振り回されるのはこりごりなのだ。

なぜまともな商品が
損しなければならないのだ。

広告向けに綺麗にまとめるならば、
「良い商品・サービス・人を宣伝して
 多くの人に届けたい」とか、
「双方を幸せをにしたい」とかになるが、
根底には怒りがあり、綺麗なものではない。

良い商品・サービス・人の
広告を作って宣伝することで、
見掛け倒しの酷い商品・人・
サービスを淘汰していきたいのである。

そう、ただ個人的に許せないものを
職権乱用で撲滅したいだけなのだ。

 


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